
第1回 中川克敏さん(川本町・中倉)
町中からそう遠くない山道を登り、ほどなくすると一つの集落が眼前に広がる。
ここが川本町中倉(なかぐら)である。中倉は、昔から農家の方が多く暮らす地域である。
今回は、この中倉で専業農家として野菜づくりをされている中川克敏さん(62歳)に話を伺ってきた。
大学卒業後、大手電気メーカーに就職し5年間勤めた。その後、昭和47年27歳の時に川本町へ帰ってきた。
「今でこそUターン・Iターンと叫ばれているが、当時は今まで以上に少なかった。」
田舎を出て外で働くという事は、大変なことで立派なことという風習があったのだ。

川本に帰り、やることは農業だった。
中川さんの父親も農業をしており、親子二人三脚で…とは行かなかった。
「父親も農業をしていたが、弟子入りするとか習うということは無かった。
自分で試行錯誤の繰り返し。常に自信が無く、失敗することもある。
ただ、その失敗から学び習うことが自分のためになる。今でもその姿勢は変わらない。」
この中倉という地域は、土地基盤が貧弱で野菜づくりが難しい。
それでも、ここで農家としてやっていけるのは消費地である“町”が近いということ、
規模としては小さいが都市近郊型農家だということだ。
かつてほどの種類ではないが、現在は数十種類の野菜をつくっており
インフォメーションセンターかわもとや、町内の商店からの注文を受けて野菜を届けている。
また、中川さんは実に多趣味である。
>>インフォメーションセンターの野菜販売所

「嫌いなものは無く、なんでも興味を持つ。」
クラシックが好きで、かれこれ40年も聴き続けている。
CDは1000枚を越え、録音したMDやテープも
所狭しと置かれている。
スポーツは苦手だが長距離走には自信があり、
中学の時には好成績も残した。
走っている事が「生きてる証」と感じ、
今でも週に一度は町内4km程のコースを走っている。
そんな趣味の中でも、1番おもしろいと
言うのは「英語」だ。
何年も前から国際交流を続けており、
自らも海外へ行き現地の人々と接する。
海外からの農業研修ということで、今までに18カ国の人々が中川さんのところを訪れているそうだ。
仲良くなった海外の人々とは今でも連絡を取り合い、アメリカ人の友人の結婚式に
参加するため現地まで行ったこともある。
また、地元中学・高校のALTを招き、英会話の好きな者が集まるという会を毎週開いている。
英会話のラジオ番組を録音し、それを聞いて学んでいる。
「好きな言葉がある。“友達は財産”だ。親友と呼べる友人が自分にはいる。」
日本に止まらず海外にも多くの友人を持つ中川さん。
その、気さくで明るい人柄と、様々な人々と付き合える
コミュニケーション能力・行動力が、周囲の人々を惹きつけているのだろう。(了) |